STOP八ッ場通信 8号P5【ちば弁護団かたる--広瀬理夫さん】第3回  

+ 紙面上をクリックしていくと、等倍まで拡大します
会報8-5

1 生い立ち
私は、大阪府泉南郡(現在の関西空港の対岸)で4人兄弟の二番目として生まれました。
実家が新聞販売店をしていたこともあり、小・中学時代に新聞配達を手伝わされました。
その時、大きく立派な家に住みながら新聞配達の子供に威張り・冷たい態度を取る人と公営住宅に住みながら、私が配達に行くといつもやさしく声をかけてくれ飴玉をくれるおばあさんの存在を知り、人は見かけによらないものだと感じました。
このときの肌で感じた経験が、その後の私の生き方に大きな影響を与えているようです。また、当時身近に在日の人たちや被差別部落の人たちがいたこともあり、社会問題に関心を持っていました。
そして、中学3年生のときに習った憲法前文や9条の素晴らしさに感動し、このような憲法を生かせる仕事として法律家に憧れました。

2 弁護士になったきっかけ
その後、大学時代は、学園紛争の盛んな時代で、私もノンセクト学生としてデモやストライキに参加していましたが、卒業後、裁判所に3年間就職するなどした後、司法試験に合格し、法律家の道を歩むことになりました。
弁護士になったのは、身の回りの差別や不公平に対する憤りとそれらを正すことの出来る職業と思ったからでした。

3 弁護士としての主な活動
弁護士になってからは、山梨県の北富士演習場に異議を唱える忍草入会組合(忍草母の会)の方たちの運動に協力・支援したり、在日朝鮮・韓国人の人たちや中国残留孤児やその家族の支援、ニューカマーと呼ばれる東南アジアを中心とする外国人の方の事件に携わってきました。

4 八ツ場ダム訴訟との出会い
また、私は市民オンブズマン活動にも関心があり、千葉県市民オンブズマン連絡会議にも参加しておりましたところ、菅野先生や村越さんから、八ツ場ダム訴訟の話を聞き、参加することになりました。

5 八ツ場ダム訴訟について
参加して、事実を知れば知るほど「何故、このような酷い税金の無駄遣いや環境破壊が許されるのか」という疑問と、事実を隠して、このような事業を推し進めようとする官僚などに対する憤りが強くなってきています。
今、皆さんもご存知のように、この訴訟も大きな山場を迎えています。千葉地裁ではもちろん、東京、水戸、前橋などでも証人尋問が進んで、早いところでは年内にも裁判所の判断が出ることが予想されています。
これまでにもまして、みんなの力を集中して、全面勝訴まで頑張りましょう。

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://yanbachiba.blog102.fc2.com/tb.php/70-ef7a9527