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STOP八ッ場通信12号P3【ちば 弁護団かたる 第5回 及川智志さん】 

STOP八ッ場通信12号P3

ちば 弁護団かたる 第5回 及川智志さん

1 こんな経緯で弁護士になりました
 1965年に宮城県石巻市で生まれました。石巻は北上川の河口に開けた港町です。両親が魚の加工工場を経営していましたが、北洋漁獲規制の強化により水揚げが減って倒産してしまいました。私が小学校5年生のときでした。突然東京に行くと言われ、それっきり故郷を離れることになりました。

 その後、静岡県清水市(清水港や次郎長で有名な町ですが、合併でいまは静岡市清水区になってしまいました)で中学、高校時代を過ごし、早稲田大学に入学しました。田舎町で真面目に育った若者に東京は刺激的でした。遊びに目覚め、そのためのアルバイトも忙しくて大学の授業はほとんど受けませんでした。早稲田は、司法試験の合格者が多い大学ですが、法学部の学生は、試験勉強に勤しむ学生と、まったく勉強しないアホウガクブ生に二分されています。私は間違いなく後者に属していました。

 そういうわけで、大学卒業時には弁護士など夢想だにせず、デパートに就職しました。当時はバブルのころで、ボーナスが年3回もある会社でしたし、華やかな職場が良いなあという程度の理由でした。しかし、上司とケンカしてばかりで、2年ほどで業界新聞の記者に転職しました。この転職動機もなんとなくという感じでしたが、強いて言えば自由な職業にあこがれていました。記者は4年やりましたが、実はあまり自由に書けないジャーナリズムの実態というものを知り、嫌になりました。そういえば法学部出身だったよなあと思い、確か29歳のときに会社を辞め、バイトをしながら司法試験を受けました。こんないい加減な経緯で平成11年に私は弁護士になりました。

 8年間イソ弁として過ごし、平成19年に「市民の法律事務所」を名乗って独立しました。市民事件ばかりを受けていますので、企業法務はやりませんし、顧問も1件もありません。いま思うと、都合7年間の会社勤めは弁護士稼業に役立っている気がします。弁護士の仕事は気に入っています。自由にできるし、理想を語って生きていけるからです。

2 司法修習生給料の廃止
 ところで、今年11月に司法修習生の給料が廃止されます。司法試験合格後法曹資格を得るまでに、他業(バイトも)禁止で強制される修習生の期間、給料を払わないこととし、そのかわり300万円程度を国から貸し付けるという制度になるのです。

 そうすると、私のような社会人からの転校組は法律家を志望しなくなるでしょう。多様な人材を法曹に取り込むという司法改革の理念に背理しますし、数百万円もかかるロースクール制度と相まって、金持ちの子以外は法律家になれなくなってしまいます。

 日弁連では、この制度改悪を阻止するために運動していますので、どうか市民集会や署名活動へのご協力をお願いいたします。

3 八ッ場ダム訴訟について
 この原稿を書いている数日前に埼玉地裁での敗訴の報が届きました。判決は連敗続きですが、八ッ場ダム訴訟は日本社会を少しずつでも変えてきていると思います。理念を高く掲げ、勝つまで諦めず、闘い抜きましょう。

コメント

八つ場ではなく

及川さんの経歴がこれでわかりました。及川さんは、社会派弁護士として、信頼置けると思いましたが、とても無礼な物言いで、とても不快にさせます。相談の経緯を説明したところ、「本当かどうかわからない」と言われました。
また、「どうしたらいいんでしょうね」と、相談すると、「神様じゃないからわかりませんよ!」と、ひどい物言い。これでは、弁護士失格と言わざる得ません。
  • [2017/04/07 18:29]
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  • 及川さんの依頼人
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