果てしないダムダムダムダムダムダムダ! 

チャンネルによっては、相も変わらずいまだ、「ここまで造ったのに(怒!)」「裏切られた地元住民の怒り(泣!)」といった、「報道」というよりは「メッセージ」と思えるようなを放送を繰り返していますが、2009年9月23日の千葉市長ブログ「八ツ場ダムを巡る報道に違和感」で熊谷氏が発言された、
「既に7割完了している」や「返還金が発生して結局は費用が増となる」など報じられていますが、本当の判断材料は「そもそもこのダムの目的である治水と水源確保が必要なのか?」ということに尽きるはずです。
必要であれば建設すべきですし、必要でないなら建設すべきではない、これだけのはずです。マスメディアには是非その点を取材して突き詰めて欲しいと思います。
(中略)
「ここまで費用を投入したからもったいない」
というのは投資判断として最も避けるべき発想です。

これは全くおっしゃる通りです。(千葉市長の日記→全部読む
さて、ダムの果てしなく連鎖する不毛な工事について、保坂のぶとさんの「保坂展人のどこどこ日記」の2009年09月23日記事、「八ッ場ダム、とめどなく溢れる思考停止報道」から抜粋させていただこう。

八ッ場ダム事業こそ総事業費と関連事業費をあわせて9000億円という究極の無駄な事業である。そもそも、草津温泉上流の強酸性の水質は、飲用には適さな い。このダムが計画された頃、「酸性なら中和すゃいいじゃないか」という自然征服思想そのものの発想で当時の建設省は草津温泉に中和工場を建設した。中和工場と は簡単で酸性の川に「石灰」を投下していって、水質を中性化するもの。しかし、中学校の理科(小学校だっけ)で習うように、酸性の水を石灰で中和するとド ロドロの石灰生成物が出来るということを思い出そう。だから、この中和生成物(ヘドロ)を貯めておくダムが必要だと品木(しなき)ダムがつくられた。 1963年(昭和38年)に中和工場が完成し、1965年(昭和40年)にはこの品木ダムが完成している。

品木ダムと は、この世のものとは思えない「エメラルドの湖」である。深さ40メートルのダム湖には中和生成物と土砂が溜まり、7~8メートルの水深になってしまい、 1985年(昭和60年)から石灰浚渫船を湖面に浮かべて一日60トンの中和生成物と土砂のヘドロを浚渫している。これを脱水・圧縮する工場が建設され、 またダンプが横付けされて山に捨てにいくといことが営々と続けられている。

こうして無理やり中性化して吾妻川は魚の生息出来る環境になったというのが国土交通省の自慢である。しかし、そもそも何のために中和事業(年間10億円) が発案されたのかと言えば、八ッ場ダムを建設し「首都圏の水ガメ」とするためだった。ところが、この「利水」についてはまったく需要がなく、現在ではダム 建設目的から外れている。このダムは「治水」のために50年かけてつくられようとしているが、実は防災上ダムの存在が水害をもたらす危険性が高いことが従来から指摘されている。
(→この記事を全部読む)

つぎは熊木秀夫さんがJANJAN 2009/09/18に書かれた記事、「八ッ場ダムを私なりに考える」からの抜粋です。

――俺たちがいくらがんばってみたところでダムは5年も経てば、土砂が溜まり、計算したように貯水量をためておくことができないから、それを取り除かねばならない。そのためにも、ダムの周りに大型ダンプが土砂を運ぶための道路や置き場の設備などに予定以上の工事があるが、それとて永久じゃない。土砂をどこへ捨てるかで、新たな問題が発生している。建設省はダムを作る仕事に熱を入れているが、アメリカはもう10年の前からダム建設は無駄が多い、とやめている。

 そのためかどうか知らないが、付近の津久井湖や相模湖への導水管を地下に建設する工事も併行しておこなわれていた。ダムに落下する土砂のために当初の目的が果たせないことは、国会でも問題になったことがある。

(中略)

 また「ダムを作ることで儲ける共同企業体は、建設省の指導で熱心だ。少しでも設計が違えば鬼の首でも取ったように役人は騒ぎ立てる。それというのも建設官僚の天下り先だからだ」といっていた。事実、私の仕事期間は、当初予定の3ヶ月が1年半にもなって、誰もいない事務所の留守番の方が長かった。

 その後、分かったことは、海水と違って湖水の水深が150mもあると酸欠状態になり、魚が棲めなくなる。確か、相模湖ではこれを解決するために細長い網のパイプを作り、その中に炭を入れて酸欠を解決する実験が行われていた。
→記事を全部読む

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さて、「ここまで造ったんだから、地元住民のために無駄でも建設すべき」と、あなたも思いますか?

コメント

ダムはすぐに埋まります

 私は広島県にある土師(はじ)ダムの下流に住んでいました。
 アユの住むとてもきれいな川で、子供時代は一年の大半を川とともにすごしていました。
 ところが今では、誰もが寄り付かない、ヘドロの河に変わってしまいました。
 ではダムの機能はどうかというと、完成から20年後の1990年代に、ダム湖でアジア大会のカヌー競技が行われましたが、ヘドロで埋まってしまい。競技直前まで危ぶまれる状態でした。
 運よく、直前に雨が降り競技はできましたが、今でもほとんど水を貯めていないヘドロのダム湖です。
 マスコミは相変わらず、自民党政治の記憶のままで、ダムを中止すれば余計金がかかるなどと言っていますが、これまでマスコミが無批判に通過させた多くの公共事業が、批判にさらされています。
 関西空港、静岡空港など、財界べったりの姿勢がやがて国民からそっぽを向かれ、マスコミはやがては消えていく運命になると思います。
 劇的な変化で民主党が政権につくことになりました。まだいろんなところで劇的な変化が起こり得ます。
 自民党的発想をしていれば必ずそれはノーを突きつけられると確信します。

シナチクさんのお話、すごく参考になります。
ダムってどこもそうなんでしょうか?
今まで考えたこともありませんでした。
ダムを通りかかっても、ただ湖と同じような認識でいました。
こんなに維持が大変で、しかも色々な所を破戒してしまうようなものだったとは、ショックです。

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