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STOP八ッ場通信 7号P1【工期延長!千葉県はダム事業から撤退を!】 

ウェブサイトとともにリニュアルされた「八ッ場ダムをストップさせる千葉の会」会報7号が発行されました。
+ 紙面上をクリックしていくと、等倍まで拡大します↓
7号トップページ

【八ツ場ダム事業の工期5年延長!千葉県はダム事業から撤退を!】

昨年12月3日に国交省は、突然に記者発表をして「八ツ場ダム事業の工期を5年延長し、平成27年度末の完成」とした。
理由は「代替地計画の変更や本体施工時間帯の見直しによるもの」と説明。事業費については「ダム本体のスリム化や橋梁の施工計画の見直し等でコスト縮減、事業費内で完了する見込み」とした。

その後12月21日に『事業評価監視委員会』を開催したが、会議はわずか2時間。
半分は事務局からの説明、後はほとんどが費用便益についての質疑に終わり、ダム事業の問題点やダムの必要性については議論されないままに、形式的に承認して終わった。

「八ツ場ダムをストップさせる千葉の会」では緊急に協議。12月27日に県の担当課とのヒヤリングを行い、28日に堂本知事に対し要望書を提出、記者クラブに資料とともに配布した。
内容は以下の3点。

(1)事業評価を新たな条件下で実施すること。
(2)事業評価は公募による複数の県民を含めた外部委員会により、県民に公開された会議によって結論を得るものであること。
(3)国交省との協議は、以上の条件が整った後実施すること。

これに対し、本年1月25日付けで、県土整備部河川整備課長名で回答があった。(1)(2)については、要望書では千葉県独自の事業評価を求めたが、前述の国交省の『事業評価監視委員会』で評価をしたと回答。
(3)については「本県としても事業内容や工期、費用、執行状況等を精査して対応する」と回答。

県民に公開せず、庁内で、県庁職員で判断するという不誠実な回答であった。
前回(2001年)の八ツ場ダム事業見直しでは、2年後になって4,600億円もの事業費増額が発表されている。今回は事業費増額はないと説明されているが、地盤が悪いための工事やり直し、東京電力に対する補償問題等増額が予想され、コスト縮減は年0.3%ほどとあまりにも少ない。

 また、完成が7年後に延びるため、人口減少・水余りが予測され、ダム完成時には、千葉では八ツ場ダム事業への参加が必要ないという事態があり得る。

 今後も事業費増額の可能性、ダム事業参加の必要性等について、納税者である県民を含めた外部委員会で事業評価を行うよう求めるとともに、八ツ場ダム事業からの撤退を求める本裁判で勝訴したい。
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マンガ【5分で分かる八ツ場ダム】by 本田亮 

5分で分かる表紙
著者:本田 亮(環境マンガ家)
監修:大熊 孝(新潟大学工学部教授)
   嶋津暉之(水問題研究家)
編集:八ッ場ダムを考える会
デザイン/装丁:KURUMI HONDA(GHOST HOUSE・SYDNEY)
発行所:同文社 102-0072千代田区飯田橋4-10-1-507
サイズ:12.5x15cm

著者の本田亮さんは、電通のCMプランナーにして環境絵本『エコノザウルス』の作者。掌(てのひら)サイズの小冊子に、楽しいマンガ満載です。
ただ今、カンパ100円でお分けしています。

【全22ページ中、抜粋。〈〉内は同ページより本文引用】※クリックすると、拡大します。
〈私たちの税金がたっぷり使われるこのダムについて一緒に考えてみませんか?〉
5分で分かる3
〈公共事業が次々とされていく中で、なぜかこのダムだけには、たっぷりとお金が使われています。〉
5分で分かる5
〈ところが八ツ場ダムができると、水道水は全て河川水に切り替えられてしまいます。〉
5分で分かる15
〈いずれは土砂で埋まり、治水にも利水にも役に立たなくなるダムを目先の利益のためにつくり続ける。〉
5分で分かる23

ユニークな絵と分かりやすい文章で八ツ場ダムの問題を説明しています。
周りの人たちに理解を広めるツールとしてもご利用下さい。


問い合わせ先:043-462-0933(入江)
お問い合わせフォーム からも受け付けています。

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【八ッ場ダムをストップさせる千葉の会】へのお誘い 

裁判を勝ち抜くためには、大勢の力が必要です。
ぜひ千葉の会に入会していただき、継続的にご支援下さいますようお願いします。

年会費は1口1000円(何口でも)です。
会員の皆様には裁判期日やイベント情報などを掲載した会報をお届けする予定です。
八ッ場ダムをストップさせるまで一緒にがんばりましょう!

※ 会費、カンパは下記の郵便局の振替口座へお振込みください。
通信欄には会費カンパの別、また、連絡経費の軽減のためファックス番号やメールアドレスなどもご記入ください。

振替 00120-5-426489
  
八ッ場ダムをストップさせる千葉の会

お問い合わせはこちらの【メールフォーム】から、お気軽にどうぞ。

「著しい利益」がない千葉県負担は違法 

河川法第63条ではこうなる
 ~河川の管理に要する費用の負担原則~ (第3回)
宇都宮大学名誉教授 藤原 信
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 千葉県は、群馬県の吾妻川に建設される八ツ場ダムのために、治水分として585億円を負担することになっています。7割の410億円は国庫補助金が出ますから、千葉県の治水分の直接の負担額は175億円となります。群馬県に建設されるダムのためになぜ千葉県が費用を負担するのでしょう。

 1級河川の利根川の管理に関する費用は、河川法第59条の規定により、原則として国が負担することになっています。

 しかしその管理によって生ずる利益は都道府県にも帰するので、公平の原則の見地から、管理に要する費用を都道府県にも負担させることにしたのが河川法の第60条と第63条です。
 第60条「都道府県《群馬県》は、その区域内における1級河川の管理に要する費用については、政令で定めるところにより、その2分の1を負担する。」により、群馬県は受益分として、河川管理の費用の一部を負担します。

 第63条(他の都府県の費用負担)「国土交通大臣が行なう河川の管理により、第60条第1項の規定により当該管理に要する費用の一部を負担する都府県《群馬県》以外の都府県《千葉県》が著しく利益を受ける場合においては、国土交通大臣は、その受益の限度において、同項の規定により当該都府県《群馬県》が負担すべき費用の一部を当該利益を受ける都府県《千葉県》に負担させることができる。」という規定により、千葉県が費用の一部を負担することになります。(アンダーラインと《群馬県・千葉県》は藤原が挿入した。)

 しかし、千葉県が費用を負担する場合は『著しく』利益を受ける場合です。
 『河川法解説』(1994年)には「著しい利益とは、他の都府県が一般的に受ける利益をこえる特別の利益である。河川は、上流から河口に至るまで連続した一の水系を成し、その管理も水系を一貫して行われるべきものであるので、ある都府県の区域内における河川管理により、他の都府県が多かれ少なかれ利益を受けるのは当然予想されるところであり、多少なりとも利益があれば常に本条の負担金を課することとするのは、本法において河川の管理のための費用負担の体系を定めた趣旨に反するものと考える。」と説明されています。

 利根川の上流の吾妻川から銚子の河口まで一連の水系ですから、八ツ場ダムの建設で、千葉県は多少の利益を受けることは当然に予想されますが、100キロ以上も離れた上流に建設される八ツ場ダムが、直接、千葉県の治水に役立つとは思われませんので、千葉県が『著しい利益』を受けることはありません。

 利根川の治水計画によれば、関宿(野田市)で江戸川に毎秒7000トンを分流し、印旛沼調整池を活用した新たな利根川放水路で1000トンを東京湾に流すことになっています。八ツ場ダムのカット量は600トンです。

 新利根川放水路の事業費は3000億円といわれていますので、建設をするとなれば、千葉県は3分の1の1000億円を負担することになります。
 八ツ場ダムの費用を負担する上に、利根川放水路の費用も負担するとすれば、千葉県は二重の負担をすることになります。

 八ツ場ダムから「著しい利益」を受けることのない千葉県は、費用を負担する法的根拠はありません。法的根拠のない支出は違法だと思います。

遊休水利権 

~権利の上に眠るものは保護されない~ (第2回)

宇都宮大学名誉教授 

藤原 信

 〔逐条解説〕『河川法解説』(河川法研究会編)大成出版社(1994年)を読んだ。

 河川法第23条(流水の占用の許可)「河川の流水を占用しようとする者は、国土交通省令で定めるところにより、河川管理者の許可を受けなければならない。」

 第23条は、河川の流水の占用について規定しています。 「流水の占用」の定義は、「ある特定の目的のために、その目的を達成するのに必要な限度において、公共用物たる河川の流水を排他的・継続的に使用すること」をいい、流水の量的占用を「水利使用」といい、流水のうちの一定量を取水して使用する権利を「水利権」といいます。

 「水利権」というのは、法律上の呼称ではなく、流水占用権の一形態をさすものです。

 第23条の許可により取得する「水利権」には、

① 安定水利権 

② 豊水水利権

③ 暫定豊水水利権があります。

 このほか、第23条の許可を得たものとみなされる「みなし水利権」としての「慣行水利権」があります。

 明治29(1896)年の旧河川法制定時に、川の水を使用していた者(主として農業用水)で、河川法の許可を受けた者とみなされた場合、これを「慣行水利権」といいます。

 「慣行水利権」には、「内容が不明確」「見直しの機会がない」「取水の記録が残されない」などの問題がありますが、主に灌漑用水として、村落共同体の管理のもと、受益者全員の「総有」という特徴があるので、変更するのは難しいといわれています。

 「安定水利権」というのは「許可水利権」ともいい、ダムなどの水資源開発施設からの補給を受けて、安定的に取水することができます。

 「豊水水利権」というのは、「豊水」(基準渇水流量等を超える余剰水)を取水の対象とする水利権のことをいいますが、河川に年間を通じて確保されていない不安定な流量を取水の対象としているので、原則として許可されません。

 「暫定豊水水利権」というのは「暫定水利権」ともいいます。 安定的な水源は確保されていなくても、水需要が増大するなどの社会的な要請に対して、川に水が余分にある時(豊水時)に限って、『必要な水源確保のための措置を早急に講じること(ダム事業に参画するなど)』を条件に、一次的(暫定的)に許可されるものです。 不安定水利権ともいわれていて、ダムが完成して「許可水利権」になるまでの「つなぎ」です。

 未利用水として「遊休水利権」があります。 「遊休水利権」というのは、「流水の占用の許可を受けながら、その流水の占用を実行していない水利権」のことをいいます。

 「水利権を実行しない者は、権利の上に眠る者である」ばかりでなく、河川の有効な利用を妨げる可能性が大きいので、水利権の存続を主張する正当な権利はありません。

 千葉県の未利用水(遊休水利権)は毎秒2.681立方メートルで、50万人分の水が使われていません。 遊休水利権を転用すれば、暫定水利権の解消は可能です。 「許可水利権を取るために無駄なダム事業に参画する」などという愚行をしないでも済むのです。

ダム反対運動の嚆矢(こうし) 

ダムに関する話(第1回)~

宇都宮大学名誉教授  藤原 信       

 『砦に拠る』(松下竜一)ちくま文庫・筑摩書房(1989年)を読んだ。

 安保反対で東京が騒然としていた昭和35(1960)年6月20日、大分・熊本県境を流れる津江川(筑後川の上流)の山峡の下筌ダム予定地で、九州地方建設局(九地建)は違反構造物撤去の代執行を強行し、水中乱闘事件が起こり、多くの怪我人が出た。

 世に言う「蜂の巣城攻防戦」の幕が切って落とされたのである。

 昭和28(53)年6月の集中豪雨により、筑後川の堤防が26カ所で決壊し、筑後・佐賀両平野は流出家屋4400戸、死者140人の大水害を受けた。この「28災」を契機に、筑後川治水基本計画が策定され、津江川に松原ダム・下筌ダムを建設するという構想が浮上した。(当初のダム構想は下流の大山川の久世畑だった。)

 下筌ダム建設反対運動は、ダム建設計画が明らかになった昭和32(57)年に始まったが、本格的な反対運動は、昭和34(59)年の土地収用法適用が契機である。

 この闘争を指導したのが、蜂の巣城城主の「室原知幸」(山林地主)であり、ダム反対運動の先駆的な闘いを行なった知将である。蜂の巣城の砦
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 室原は、「公共事業は法にかない、理にかない、情にかなうものでなければならない」という信条で、「法には法、暴には暴」というスローガンを掲げて抵抗した。

 「暴には暴」として、砦を築き水中乱闘事件で抵抗し、「法には法」としては、一大争訟史ともいうべき戦いで、室原はわずか10年間に80件に近い訴訟を提訴している。

 昭和34(59)年1月、九地建は土地収用法の適用に踏み切り、5月、ダムサイト地点に立ち入り、測量等支障立木の伐採を強行した。不意を突かれた反対派住民は、スギの枯れ枝に火をくべて作業班を追い落とした。6月に入ると「暴には暴」を掲げ、蜂の巣岳の急峻な山腹に砦を築き、反対派住民が立て籠もった。「蜂の巣城」築城である。

 年を越した昭和35(60)年6月20日、九地建による強制代執行は、川を挟んでの攻防となり、室原を先頭に川に躍り込んだ砦側は、青竹を振り回して作業隊を追い散らした。20日の突発的暴走は、警察側に紛争介入の口実を与え、室原らに任意出頭状が出されたので、それ以後は、砦側は静観戦術に一転したが、九地建により昼間一旦破られた砦も、夜のうちに反対派住民により修復され、果てしない長期戦になっていった。

 20日から10日間にわたって続いた激しい攻防も、社会党の代議士の仲介により、30日に建設大臣が中止命令を出して一時休戦となった。室原の束の間の勝利であった。

 7月7日に県警本部に出頭した室原はその場で逮捕され、事態は大きく変わっていく。

 その後、紆余曲折の末、下筌・松原両ダムの建設も進み、室原は失意のまま世を去ることになる。(貴重な資料5000点は「室原文庫」として関西大学に所蔵されている。)

 室原の墓誌には、朱色で以下のような刻字があるという。

 「国家 松原下筌ダム建設に対し 室原知幸が13年の永きにわたり 公権と私権の闘争を続け 終始一貫して公共事業のあり方 民主国家に於ける人権尊重を力説し ダム建設史上に大きな波紋を残して昭和45年6月29日死亡・・・」

訴訟資料庫 

訴状、意見陳述、準備書面、答弁ほか、裁判に関する資料はこちらの【訴訟資料庫】にまとめてあります。
(八ツ場ダム訴訟サイト内)

千葉県のものだけでなく他県分も全て揃っておりますので、参考にどうぞ。

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